すみれブログ
特許の裁判のお話
2024年08月1日

自社で汗水流して開発した特許発明が他人に勝手に模倣されたら腹立たしいのはいうまでもなく、模倣製品によって特許製品の売り上げが落ちたり、劣悪な模倣製品のクレーム対応に追われるなどの経済的な損失が発生します。

 

このような模倣製品が出回ったら特許権者はその模倣している相手方に対してその模倣製品の製造販売をやめろといったり、それまでの損害を賠償しろと請求することができますが、普通はすんなりとはいきません。

 

そういった場合はやむをえず裁判を起こすことになるのですが、これまたすんなりと決着がつくことは希です。まぁ特許裁判に限らず、裁判の殆どはそうですが…。

 

特許権者(原告)から訴えられた相手方(被告)にしてみればデタラメないいがかりだといって拒絶したり、場合によっては反対に原告側を訴え返すこともあります。

 

裁判は本人自ら手続きすることもできますが、専門的な法律的知識や経験が必要となりますので通常は裁判の専門家である弁護士に依頼します。ただし弁護士といってもその守備範囲は膨大ですので、医師と同じように当然得意な分野や苦手な分野があります。

 

特に特許裁判のような特殊な分野を扱える弁護士はほんの一部です。ですので事件を依頼する場合には、知財に関する知識や裁判の経験があるかどうかを確認することが重要です。

 

かつて私が見聞きした例ではある厨房機器メーカーがその顧問弁護士に特許侵害の相談をしたところ、その弁護士はまだ出願したばかりの段階、つまり審査も受けていない、当然特許権も発生していない段階にもかかわらず相手方や関係各所に販売中止の警告書を出しまくってしまい、逆に相手方から不正競争防止法違反で訴えられて何百万円も賠償金を取られてしまったという事例がありました。

 

法律家なのにあまりにも知財に関して無知というか信じられない事例ですが、弁護士だからといって不用意に信頼してしまうと依頼者自身が損してしまうことがあります。良識のある弁護士ならば苦手な分野は正直にできません、といって依頼を断るのですが、事務員の給料も払えないような経営状態が危うい弁護士だとなんでも請け負ってしまう傾向があるので注意が必要です。

 

特に最近は弁護士の数が増えて喰えない弁護士が急増しているとのことですので、もしなにか相談や依頼をする場合はネットの情報だけでなく、信頼のおける筋からの紹介が安心です。

 

ちなみにこれは単なる個人的な偏見かも知れませんが、事務所のHPが派手なほど経営がうまくいっていない傾向があるようです。集客を狙って美辞麗句を並べたり加工画像を載せたりいかに自分たちが優れているのかをなんのエビデンスもなく宣伝しているようなHPの事務所は避けた方がいいと思います。

 

そもそも顧客に信頼されて多くの顧問先を抱えている事務所では無理に集客する必要がありませんでので、そのHPも驚くほどシンプルだったりします。むしろ費用だけしか考えない質の悪い客を排除するためにそうしているケースもあるようです。

 

 

さて、実際に特許の裁判となると通常は原告も被告も弁護士を代理人として争うことになります。

 

ちなみに特許裁判では弁護士だけでなく専門の試験に合格した弁理士も特許裁判の代理人になることができます。弁理士も弁護士と共にあるいは弁護士に代わって裁判所で依頼人の主張を述べることができるのです。この資格を持つ弁理士は「付記弁理士」とよばれ、弁理士全体の3割ほどいます。

 

特許の裁判は、結局のところ被告製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かで争われます。被告製品が特許発明の技術的範囲に属していると判断されると侵害が成立して原告側が勝ち、反対に属していないと判断されると侵害が否定されて被告側の勝ちとなりますので双方の代理人は自分の主張こそが正当であることを法廷の場で主張するのです。

 

その間を取り持つ裁判官はいうまでもなくどちらの味方でもありませんので、原告側としては被告製品が特許発明の技術的範囲に属するとの証拠を示して主張し、被告側としては被告製品が特許発明の技術的範囲に属していないとの証拠を示して反論します。

 

これらの攻防はだいたい月1回のペースで相互の代理人が裁判所に出頭して行うのですが、そこで主張する内容は基本的には予め提出する準備書面に書かれていますので、出頭当日は双方共に「書面に書かれたことを陳述します」と述べるだけでだいたい5~10分程度で終わるのが殆どです。

 

そして、このようなやりとりが早くて1年長くて3年程度すると双方の主張も出し尽くされますので、裁判所はそれらすべてのやりとりを斟酌して争点を絞りどちらの主張が正しいかを判断して判決するのですが、通常というか殆どの場合、裁判官はその前に心証を述べた上で当事者に和解を勧告してきます。

 

判決となると一刀両断的に白黒がはっきりするのに対し、和解はどちらも痛み分け(引き分け)という結果になります。そもそも白黒はっきりさせたいと裁判を起こしたものの判決で負けてしまい、それがニュースになると世間体もよくないという事情もあって特許裁判の半分程度は和解で終了しているようです。和解になると裁判官も面倒臭い判決書を書く必要がなくなるのでどちらかが和解を拒むと不機嫌になる裁判官もいるようです。

 

特許裁判の審理は通常2段階で行われます。まず第1段階は「侵害論」といって特許発明を侵害してるかどうかの判断が行われます。この第1段階で侵害していないと判断されればそれで終了ですが、侵害していると判断されると次の第2段階に入ります。

 

第2段階は「損害論」といってその侵害によって実際にどの程度の損害が発生しているかは審理されます。特許権侵害が認められれば少なくとも実施料相当額以上の損害が発生していると考えられるため、特許権者は相手方からその分の賠償金を取ることができます。

 

裁判では勝っても負けても代理人費用が係りますから相手からお金を取れるかどうかは重要です。また、損害賠償を求める訴訟では自分の代理人費用分も相手方に請求できますので少なくともその費用分は欲しいところです。

 

ちなみに特許裁判は第1審が東京地方裁判所か大阪地方裁判所かのどちらかにしか訴えを起こすことができません。これを専属管轄といい、これ以外の裁判所では原則として訴状を受け付けてくれないのです。

 

そもそもすべての裁判のなかでも特許の裁判自体、極僅か(年間百件程度)ですし、それを審理できる裁判官も少ないため、大都市にある東京地方裁判所と大阪地方裁判所で集中審理しているようです。そのため、特許裁判を扱える弁護士も東京と大阪に集中しています。

 

このようにして出された第1審の判決に対して不服がある場合は、第2審として東京にある知的財産高等裁判所に控訴することができます。控訴状を受理した知財高裁は第1審の審理を基礎として控訴した側の主張が正しいか否かを判断し、第1審と同じような審理形式で審理を行い、審理が熟したならば和解勧告若しくは判決を出します。

 

この知財高裁の判決に不服があれば、さらに第3審として最高裁判所に上告することができます。しかし最高裁判所では事実審を審理しませんので殆どの事件は上告不受理決定、すなわち門前払いとなります。データによると年間3千件ほどの上告があるようですが、実際に審理に至る事件は僅か20~30件程度、すなわち全体の1%程度でその殆どは上告不受理となって審理されることなく門前払いとなっています。最高裁の判事は15人しかいませんからしょうがないですね。

 

このように特許裁判は他の裁判にも増して多くの費用と時間を要し、また、裁判を起こしてもその勝率は決して高くないので裁判を起こすのは熟慮した上での最終的な手段と考えた方がよさそうです。

 

ただし裁判を起こす原告側としては負けたとしても裁判費用や代理人費用が無駄になるだけですが、被告側としては負け場合には裁判費用や代人費用に加え、莫大な賠償金を支払う可能性がある上に勝ったとしても得るものが殆ど無いため、圧倒的に不利な立場であることは間違いないようです。

 

そのため、積極的に権利行使するつもりはないけど、仮にライバル企業に訴えられた場合の対抗策として特許を取得しておくといった戦略を採る企業も多いようです。

 

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これは似てないだろ?
2024年04月26日

みなさんは、この商標(上)と、この商標(下)は似てると思いますか?

 

 

 

 

 

 

 

この商標が付されたらお客さんが間違ってその商品を買ってしまうでしょうか?あるいは間違えなくとも販売元がなんか資本関係がある関連会社なのかと誤解しますでしょうか?

 

登録商標としてふさわしくない商標が誤って登録されたときは利害関係人はその登録を無効にするための審判を特許庁に請求することができます。

 

この無効審判の請求があったときは特許庁はその是非を判断することになるのですが、その最終判断である審決に不服があるときは、当事者は特許庁ではなく、相手方を被告として裁判(行政訴訟)を請求することができます。

 

例えば、特許庁で無効審判の請求が成り立たないとの審決、つまり無効審判の請求人側が負けた場合は、その請求人が原告となって商標権者を被告として訴訟を提起し、反対に商標権者が負けた場合(無効審決)は、商標権者が原告となって審判請求人を被告として訴訟を提起します。

 

令和6年3月27日に判決言渡があった令和5年(行ケ)第10068号 審決取消請求事件は、前者のパターンである無効審判の請求人が特許庁の審決、つまり無効でないとの審決を不服として知財高裁に提訴したところ、その主張が認められてその審決が取り消しになった事件です。

 

ちょっとややこしいのですが、要するに特許庁では「その登録商標は無効じゃないよ(有効)」と判断したけど、裁判所では反対に「その登録商標は無効だから特許庁の判断は間違っているよ」と判断した事件です。

 

争いとなった登録商標はこれです。

 

商標登録第6371695号

 

 

令和2年3月11日に出願し、拒絶理由通知を受けることなくそのまま令和3年4月1日に登録になったものです。

 

この登録商標に対し、原告は令和3年7月14日に特許庁に無効審判を請求したところ、特許庁は、令和5年5月18日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、これに対して原告が令和5年6月26日にその審決の取消しを求めて訴えを提起したのです。

 

原告が主張する無効理由は、商標法4条1項11号と同項15号に違反するというものです。つまり、争いになったこの登録商標の出願前に、すでにこの登録商標と類似する原告の商標があるから、この登録商標は誤って登録されたものであって、無効である、というものです。

 

この原告の商標というのがこれです。

 

 

 

商標登録第4640297号

 

誰でも一度は目にしたことがある有名な株式会社丸井の登録商標です。裁判所は争いになったこの登録商標はこの丸井の登録商標に似ているから無効だと判断したのです。

 

でも、みなさんどう思いますか? 似てますか?

 

専門家の私から見てもどうしても似てないと思うし、特許庁もそう判断したので原告の訴えを却下したのです。

 

でも、そもそも商標が似てるかそうでないかってどうやって判断するのでしょうか。裁判官の主観でしょうか。もちろん人間が判断することですから、ある程度は主観が介在する余地は否定しませんが、一応客観的な判断基準というか判例がいくつか存在します。それが以下に示す内容です。

 

「商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品又は役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかも、その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和45 10 15 20 25 3年2月27日第三小法廷判決(昭和39年(行ツ)第110号)民集22巻2号399頁参照)。」

「また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されると解すべきである(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決(昭和37年(オ)第953号)民集17巻12号1621頁、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決(平成3年(行ツ)第103号)民集47巻7号5009頁、最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決(平成19年(行ヒ)第223号)裁判集民事228号561頁参照)。」

 

なんか、難しい表現や文字がたくさんあって読んでるうちに頭が痛くなってきそうですが、一応裁判所はこれら過去の最高裁判例に基づいて商標の類否を判断しているのです。

 

この判例が示す意味をざっくりと説明すると、まず最初の判例は、商標の見た目(外観)、商標の称呼(読み方)、商標から受ける観念(イメージ)および取引の実情を考慮した場合に、その商標を付した商品の出所つまりその商品のメーカーが同じと誤って消費者が誤解してしまうおそれがあるかどうかという視点で判断する。つまり、消費者が商品自体を間違って購入するのではなく、あくまでのその商品の出所が同じメーカーであると誤解する程商標が似ているかどうかで判断するんだよ、ということです。

 

2つめの判例は、商標が複数の構成からなる場合の判断手法を示したものです。商標はまとまりをもった文字だけのものの他に、図形やロゴなどとと組み合わせたもの、さらに文字でも違う書体や意味を組み合わせたものなど様々な形態のものがあります。このような商標は結合商標と呼ばれ、この結合商標とそうでない商標との類否判断基準を示したのがこの判例です。つまり、結合商標はそのすべての要素が結合した商標全体で類否を判断するのが原則であるが、分離して観察することが不自然でないときは分離してその分離した部分同士で類否を判断してもいいよ、といっています。

 

さて、争いとなった登録商標と、原告の登録商標を比較すると、商標全体としては消費者が出所の混同を招くほど類似しているとは到底思えませんよね。争いとなった登録商標は「O!OiMAIN」なる文字列をすべて黒文字で、かつ等間隔でちょっと斜めに傾いた斜体でまとまりよく書かれています。一方、原告の登録商標は、赤いOと縦棒を交互に配置したおなじみの商標です。

 

ところが裁判所は、「O!OiMAIN」は、前半の「O!Oi」部分と後半の「MAIN」とは分離して観察することが不自然でないし、そうすると前半の「O!Oi」と、赤いOと縦棒を交互に配置した原告商標を比べると見た目や観念が共通するから両商標は類似する、との判断したのです。

 

でも、これってどうでしょうか?そもそも「前半の「O!Oi」部分と後半の「MAIN」とは分離して観察することが不自然でない」という判断はどうみても納得できないのですが、みなさんはどう思いますか?これじゃいくら何でも商標権者が気の毒です。私が代理人だったら裁判官にくってかかりそうです。

 

でも、この判決理由をよく読んでみると、被告の商標権者は「O!Oi」部分を切り離したような態様の「OIOI」、「OiOi」、「O!Oi」等の標章を実際に使用していたり、「O!OiCOLLECTION」のように「O!Oi」部分と他の文字を組み合わせて使用していたりしますので、裁判所はこれらの取引の実情を考慮して「前半の「O!Oi」部分と後半の「MAIN」とは分離して観察することが不自然でない」と判断したのかもしれません。

 

ですので、商標権者がもしこのような「O!Oi」部分を切り離したような使用をしていなければ、結論はまた違っていたかもしれませんね。

 

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特許の値段
2024年02月7日

特許権は知的財産権と言われるように財産権の1つですから、それを他人に譲渡して換金することができます。

 

では、その値段(譲渡金額)は平均でいくらくらいでしょうか。特許庁が公表した2023年のデータによると……、といいたいところですが、残念ながら特許庁はそのようなデータは公表しておりません。

 

でも、特許権の譲渡は登録人の名義変更という手続きによって比較的頻繁に行われていることから、無償というのは考え難く有償が殆どだろうと推測されます。弊所でも年に1,2件程度、特許権の移転手続きを行っていますが、相続を除き有償のケースが殆どです。

 

で、その譲渡金額ですが、特許権の適正な価値、価格を決定するのはとても難しいです。巷には様々な価値評価手法があるようですが、それで算出された価格が適正なのかどうか議論が分かれるところです。

 

というのも土地や建物のような不動産や中古車などであれば周辺地域や車種ごとの相場という基準がありますが、特許権にはそのような相場というものがないのです。

 

しかも、特許権は発明という技術的思想であって実体がない上にいつかは消えて無くなってしまう実に儚い権利です。その命は最大でも出願から20年、医薬品のような特殊なものでも25年です。土地のような不動産であれば日本が沈没しない限り未来永劫残りますが特許権はそうではありません。

 

加えて、その権利の内容である発明の内容も既に製品化されてその業界では他社の追随を許さないような強力なものから、現在又は将来に亘ってまったく実施される可能性がない殆ど無価値のものまでまさに玉石混交です。

 

これはある意味骨董品に似ており、値段が付けられない国宝級のものから殆どガラクタ同然のものまであるから一概にはいえない、と当職もクライアントから質問されたときにお茶を濁すような回答をしています。何億円積んでも譲って貰えないものがある一方、ただ同然でも引き取ってもらえないものまでその価値は実に様々です。

 

とはいっても、それでは回答にならないのでとりあえず譲渡価格の1つの指標として、その特許を取得して現在までかかった総費用を算出し、その費用を基準として考慮しては如何でしょうかというアドバイスをしています。

 

特許は取得する段階だけでなく、取得後も特許料という名目の固定資産税が毎年係りますので、例えば特許取得までに係った費用が70万円、その後に支払った特許料が30万円であったとすると、合計100万円を基準とし、これにそのときの状況に応じて+αまたは-αすればよいのです。

 

これは特許権だけでなく商標権や意匠権、著作権も同じですので実体のない知的財産権の譲渡金額を決めるための指標としては当事者が最も納得しやすいとても便利なものです。

 

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取り敢えず出願しておくことが大事!
2023年11月29日

自営業者やこれから起業しようとする人たちは独自のアイデアが他人に真似されないように予めプロテクトしておくことが重要です。

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商標話し(5)キャッチフレーズの商標登録
2023年03月28日

いいキャッチフレーズを思いついたのでこれを商標登録して我が社で独占したいというご相談を受けることがあります。

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