自社で汗水流して開発した特許発明が他人に勝手に模倣されたら腹立たしいのはいうまでもなく、模倣製品によって特許製品の売り上げが落ちたり、劣悪な模倣製品のクレーム対応に追われるなどの経済的な損失が発生します。
このような模倣製品が出回ったら特許権者はその模倣している相手方に対してその模倣製品の製造販売をやめろといったり、それまでの損害を賠償しろと請求することができますが、普通はすんなりとはいきません。
そういった場合はやむをえず裁判を起こすことになるのですが、これまたすんなりと決着がつくことは希です。まぁ特許裁判に限らず、裁判の殆どはそうですが…。
特許権者(原告)から訴えられた相手方(被告)にしてみればデタラメないいがかりだといって拒絶したり、場合によっては反対に原告側を訴え返すこともあります。
裁判は本人自ら手続きすることもできますが、専門的な法律的知識や経験が必要となりますので通常は裁判の専門家である弁護士に依頼します。ただし弁護士といってもその守備範囲は膨大ですので、医師と同じように当然得意な分野や苦手な分野があります。
特に特許裁判のような特殊な分野を扱える弁護士はほんの一部です。ですので事件を依頼する場合には、知財に関する知識や裁判の経験があるかどうかを確認することが重要です。
かつて私が見聞きした例ではある厨房機器メーカーがその顧問弁護士に特許侵害の相談をしたところ、その弁護士はまだ出願したばかりの段階、つまり審査も受けていない、当然特許権も発生していない段階にもかかわらず相手方や関係各所に販売中止の警告書を出しまくってしまい、逆に相手方から不正競争防止法違反で訴えられて何百万円も賠償金を取られてしまったという事例がありました。
法律家なのにあまりにも知財に関して無知というか信じられない事例ですが、弁護士だからといって不用意に信頼してしまうと依頼者自身が損してしまうことがあります。良識のある弁護士ならば苦手な分野は正直にできません、といって依頼を断るのですが、事務員の給料も払えないような経営状態が危うい弁護士だとなんでも請け負ってしまう傾向があるので注意が必要です。
特に最近は弁護士の数が増えて喰えない弁護士が急増しているとのことですので、もしなにか相談や依頼をする場合はネットの情報だけでなく、信頼のおける筋からの紹介が安心です。
ちなみにこれは単なる個人的な偏見かも知れませんが、事務所のHPが派手なほど経営がうまくいっていない傾向があるようです。集客を狙って美辞麗句を並べたり加工画像を載せたりいかに自分たちが優れているのかをなんのエビデンスもなく宣伝しているようなHPの事務所は避けた方がいいと思います。
そもそも顧客に信頼されて多くの顧問先を抱えている事務所では無理に集客する必要がありませんでので、そのHPも驚くほどシンプルだったりします。むしろ費用だけしか考えない質の悪い客を排除するためにそうしているケースもあるようです。
さて、実際に特許の裁判となると通常は原告も被告も弁護士を代理人として争うことになります。
ちなみに特許裁判では弁護士だけでなく専門の試験に合格した弁理士も特許裁判の代理人になることができます。弁理士も弁護士と共にあるいは弁護士に代わって裁判所で依頼人の主張を述べることができるのです。この資格を持つ弁理士は「付記弁理士」とよばれ、弁理士全体の3割ほどいます。
特許の裁判は、結局のところ被告製品が特許発明の技術的範囲に属するか否かで争われます。被告製品が特許発明の技術的範囲に属していると判断されると侵害が成立して原告側が勝ち、反対に属していないと判断されると侵害が否定されて被告側の勝ちとなりますので双方の代理人は自分の主張こそが正当であることを法廷の場で主張するのです。
その間を取り持つ裁判官はいうまでもなくどちらの味方でもありませんので、原告側としては被告製品が特許発明の技術的範囲に属するとの証拠を示して主張し、被告側としては被告製品が特許発明の技術的範囲に属していないとの証拠を示して反論します。
これらの攻防はだいたい月1回のペースで相互の代理人が裁判所に出頭して行うのですが、そこで主張する内容は基本的には予め提出する準備書面に書かれていますので、出頭当日は双方共に「書面に書かれたことを陳述します」と述べるだけでだいたい5~10分程度で終わるのが殆どです。
そして、このようなやりとりが早くて1年長くて3年程度すると双方の主張も出し尽くされますので、裁判所はそれらすべてのやりとりを斟酌して争点を絞りどちらの主張が正しいかを判断して判決するのですが、通常というか殆どの場合、裁判官はその前に心証を述べた上で当事者に和解を勧告してきます。
判決となると一刀両断的に白黒がはっきりするのに対し、和解はどちらも痛み分け(引き分け)という結果になります。そもそも白黒はっきりさせたいと裁判を起こしたものの判決で負けてしまい、それがニュースになると世間体もよくないという事情もあって特許裁判の半分程度は和解で終了しているようです。和解になると裁判官も面倒臭い判決書を書く必要がなくなるのでどちらかが和解を拒むと不機嫌になる裁判官もいるようです。
特許裁判の審理は通常2段階で行われます。まず第1段階は「侵害論」といって特許発明を侵害してるかどうかの判断が行われます。この第1段階で侵害していないと判断されればそれで終了ですが、侵害していると判断されると次の第2段階に入ります。
第2段階は「損害論」といってその侵害によって実際にどの程度の損害が発生しているかは審理されます。特許権侵害が認められれば少なくとも実施料相当額以上の損害が発生していると考えられるため、特許権者は相手方からその分の賠償金を取ることができます。
裁判では勝っても負けても代理人費用が係りますから相手からお金を取れるかどうかは重要です。また、損害賠償を求める訴訟では自分の代理人費用分も相手方に請求できますので少なくともその費用分は欲しいところです。
ちなみに特許裁判は第1審が東京地方裁判所か大阪地方裁判所かのどちらかにしか訴えを起こすことができません。これを専属管轄といい、これ以外の裁判所では原則として訴状を受け付けてくれないのです。
そもそもすべての裁判のなかでも特許の裁判自体、極僅か(年間百件程度)ですし、それを審理できる裁判官も少ないため、大都市にある東京地方裁判所と大阪地方裁判所で集中審理しているようです。そのため、特許裁判を扱える弁護士も東京と大阪に集中しています。
このようにして出された第1審の判決に対して不服がある場合は、第2審として東京にある知的財産高等裁判所に控訴することができます。控訴状を受理した知財高裁は第1審の審理を基礎として控訴した側の主張が正しいか否かを判断し、第1審と同じような審理形式で審理を行い、審理が熟したならば和解勧告若しくは判決を出します。
この知財高裁の判決に不服があれば、さらに第3審として最高裁判所に上告することができます。しかし最高裁判所では事実審を審理しませんので殆どの事件は上告不受理決定、すなわち門前払いとなります。データによると年間3千件ほどの上告があるようですが、実際に審理に至る事件は僅か20~30件程度、すなわち全体の1%程度でその殆どは上告不受理となって審理されることなく門前払いとなっています。最高裁の判事は15人しかいませんからしょうがないですね。
このように特許裁判は他の裁判にも増して多くの費用と時間を要し、また、裁判を起こしてもその勝率は決して高くないので裁判を起こすのは熟慮した上での最終的な手段と考えた方がよさそうです。
ただし裁判を起こす原告側としては負けたとしても裁判費用や代理人費用が無駄になるだけですが、被告側としては負け場合には裁判費用や代人費用に加え、莫大な賠償金を支払う可能性がある上に勝ったとしても得るものが殆ど無いため、圧倒的に不利な立場であることは間違いないようです。
そのため、積極的に権利行使するつもりはないけど、仮にライバル企業に訴えられた場合の対抗策として特許を取得しておくといった戦略を採る企業も多いようです。