ChatGPTやGeminiのような、驚くような高性能生成AIの誕生により、これまでAIには無縁だった一般の人たちの生活や仕事が一変するような時代になりました。
「凄い時代になったなぁ」と思う一方で、私たち弁理士や発明に携わる人間にとって、避けては通れない「巨大な問い」が突きつけられています。
それは、「もしAIが、人間も驚くような画期的な発明を自力で生み出したら、その特許は誰のものになるのか?」という問いです。
実は今、この問題をめぐって世界中の特許庁と一人の科学者が真っ向から対立しています。それが、今回ご紹介する「ダバス(DABUS)事件」です。
「AIを発明者として認めてくれ!」と叫ぶ科学者に対し、日本の特許庁と裁判所が出した答えは、驚くほど冷静で、かつ「人間への信頼」に満ちたものでした。
今回は、この事件の経緯を紐解きながら、AI時代だからこそ価値が増す「弁理士の泥臭い現場力」について、私なりの考えをお話ししてみたいと思います。
そもそも、今回問題となった「ダバス(DABUS)」とは、一体どんなAIなのでしょうか。
開発者のスティーブン・セーラー博士によれば、ダバスは単なる「計算機」ではなく、人間が具体的な答えを教えなくても、AI自身が試行錯誤を繰り返し、新しいアイデアを「自律的に」生み出すように設計された、いわば「創造するAI」とのことです。ChatGPTやGeminiのように人間の問いに対して自ら考え、答えを生成するAIです。
そんなダバス(AI)が実際に生み出し、特許出願された発明は以下の2つでした。
1.「食品容器」:熱効率が良く、ロボットが掴みやすい複雑な形状の容器。
2.「点滅灯」:人間の注意を最も引きやすいパターンで光る装置。
驚くべきことに、これらは人間が「こういう形を作れ」と命令してできたものではありません。プロンプトは分かりませんがセーラー博士の曖昧な問いに対してダバスが自ら「この形状の方が効率的だ」「この点滅パターンが最も目立つ」と導き出したのです。
セーラー博士は、これを見て確信しました。 「この発明の真の親は、私ではない。AIであるダバスだ」と。
そして博士は、世界各国の特許庁に対し、ある「挑戦状」を叩きつけます。願書の「発明者」の欄に、自分の名前ではなく「DABUS, The invention was autonomously generated by an artificial intelligence(ダバス、この発明はAIによって自律的に生成された)」と記して提出したのです。
ここから、世界を巻き込む「AI vs 法律」の長い戦いが幕を開けました。
博士の「AIへの愛」がこもった願書を受け取った日本特許庁の反応は、驚くほど事務的で、かつ揺るぎないものでした。
特許庁が出した結論は、「願書の記載不備による却下」。 つまり、発明の内容が良いか悪いかを判断する前の段階で、「願書の書き方がルール違反なので、受け付けられません」と門前払いをしたのです。願書は発明者や特許出願人の住所、氏名などを記載する書誌的な書面です。
日本の特許法では、願書の発明者の欄には「氏名(姓名)」と「住所」を書かなければなりません。特許庁は博士に対し、「AIは人間ではないので「氏名」を持ち得ない。人間の名前に直してください」と何度も補正(書き直し)を命じました。しかし、博士はこれを拒否。
博士が拒否した理由は、もし人間を発明者として登録したら、それは嘘をつくこと(虚偽記載)になるし、そもそも自分がアイデアを出していないのに自分の名前にするのは、科学者・発明家としてのプライドが許さなかったのでしょう。
結果として、この出願は審査の土俵に上がることなく、入り口の段階でシャッターを下ろされることになったのです。
この判断を不服とした博士は、舞台を東京地裁へと移します。特許庁の処分は不当だから取り消せという訴えです。しかし、2024年5月、裁判所は特許庁の判断を支持しました。
裁判所が「NO」と言った最大の理由は、「権利には責任が伴う」という点にあります。特許が認められれば、それは大きな「財産」になります。もし特許をめぐって裁判が起きたら、誰が裁判所に出頭するのか?他人の権利を侵害したとき、誰が賠償金を払うのか?
今の法律では、AIは契約を結ぶことも、責任を取ることもできません。「責任を取れない者に、独占的な権利を与えることはできない」。これが、日本の法律が守り続けている「人間中心」のルールなのです。
でも、特許になったらその権利の所有者(特許権者)は、その手続きを行った特許出願人であって今回の出願の特許出願人はセーラー博士という人間ですので何ら問題はないのでは?という疑問が湧きます。
それでも裁判所は、その主張も認めませんでした。その理由は次のとおりです。
特許法では人間が発明を完成させると、完成と同時に「特許を受ける権利」というものが自然発生する(法律用語では「原始的に帰属する」といいます)という考えを採用しています。この「特許を受ける権利」というものは、国に対して自分の発明を特許してくれと要求できる権利です。そして、この権利は発明者から他人に譲渡できるという性質を持っています。
つまり、発明者自身がこの「特許を受ける権利」に基づいて特許出願人として手続きすれば、発明者自身が将来特許権者になれるし、発明者がこの「特許を受ける権利」を他人に譲渡すれば、それを譲り受けた他人が特許出願人として手続きすれば、その他人が将来特許権者になれるというわけです。
だから、セーラー博士がAIから「特許を受ける権利」を譲り受けて特許出願人として手続きすれば何ら問題ないのではないか?と思うのですが、裁判所は認めませんでした。
人間以外のものが発明をすることは考えられないし、仮に発明できても人間でないAlにはこの「特許を受ける権利」が自然発生しない、発生していない「特許を受ける権利」をセーラー博士に譲り渡すことはあり得ない、というのが裁判所の判断です。
この「AIは発明者になれない」と判断したのは日本だけではありませんでした。アメリカ、イギリス、欧州(EPO)、オーストラリア、韓国などでも認められませんでした。
ですので日本の裁判所の判断は至極まっとうに見えるのですが、反論の余地を認めない一刀両断的な判断の裏側には、最近急激に進化を遂げた、何か得体の知れないAIという怪物に対して、裁判官の畏怖というか拒絶感が透けて見えます。
その恐ろしさの根源は何かというと、裁判官を含めた一般人にはその仕組みやロジックがブラックボックス化しており、中身が分からないということです。
AIといってもその実体は機械と数字からなる情報処理装置(コンピュータシステム)です。従来のシステムは人間が書いた明確なプログラム(命令セット)に従って動くのに対し、AIはその中核となる推論を、人間の脳を模した「学習済みAIモデル」が担っています。
膨大なデータから自ら法則を見出すそのプロセスは、時に開発者ですら予測不能な結果を導き出し、あたかもAIが独自の「意思」を持っているかのような錯覚を私たちに抱かせるのです。
しかし、裁判所が「AIは発明者になれない」と判断したことは、決してAIの可能性を否定したわけではないと思います。むしろ、「AIという強力な道具を使いこなす「人間」の役割が、これまで以上に重要になった」と私は考えています。
AIは、過去の膨大なデータから「それらしい答え」を出すのは得意です。しかし、そこには決定的に足りないものがあります。それは、現場で汗をかき、試行錯誤する中で生まれる「納得感」と「戦略」です。
AIに「何か発明して」と言っても、出てくるのは100万通りの無機質な案です。 しかし、私たちが現場でお客様と対話するとき、大切にするのは言葉の裏にある「想い」です。「本当はここが一番苦労したんだ」「この数ミリの差が、現場の職人を助けるんだ」。
そんな「泥臭い会話」の中から、本当に守るべき価値(発明の核心)を言語化する。これは、今のAIには逆立ちしてもできない芸当です。
ダバス事件でもそうでしたが、特許の手続きは「願書を出して終わり」ではありません。審査官から厳しい意見(拒絶理由)が来たとき、AIなら「データの再計算」しかできません。ですので、AIに反論文を作らせても審査官には響きません。
しかし、私たち弁理士は、審査官の意図を汲み取り、時には電話をかけ、時には面接を行い、「なぜこの発明が世の中に必要なのか」を論理と熱意で説得します。
特許は、取ることがゴールではありません。その権利を使って商売を守り、時には模倣品と戦うための「武器」です。AIは裁判であなたを守ってはくれません。
「この権利で、あなたの会社を必ず守り抜く」という覚悟を持って判子をつき、責任を引き受ける。その泥臭い責任感こそが、AI時代にこそ求められるプロの価値だと私は信じています。
「AIは発明者になれるか?」というダバス事件の問いは、私たちに「人間は何のために発明をするのか」を再確認させてくれました。
法律が「人」にこだわるのは、発明が単なるデータの組み合わせではなく、誰かの悩みを解決したいという「願い」や、新しい未来を作りたいという「情熱」から生まれるものだと信じているからではないでしょうか。
AIを恐れず、賢く使う。補助ツールとしてAIを活用し、アイデアの幅を広げる。「人間」の役割を忘れない。AIが出した案を評価し、責任を持って社会に届ける。プロの知恵を借りる。複雑なAI知財のルールは、信頼できる弁理士と共に乗り越える。
技術がどれほど進化しても、特許庁の向こう側にいるのも「人」であり、発明を使うのもまた「人」です。
ChatGPTやGeminiのような驚異的な生成Alであっても課題は山積しており、成長過程の一段階に過ぎません。お金と電力がかかりすぎるのです。ですので、いま主流となっているTransformerやCNNなどに代わる新たなアーキテクチャーについて世界中の企業が必死で鎬を削っています。
現在のAIブームで絶好調なNVIDIAであっても次のアーキテクチャーが出てきたらあっというまに凋落するかもしれません。かつてアメリカのRCA社(Radio Corporation of America)という世界一の真空管メーカーが、日本の弱小メーカーだったソニーが開発したトランジスタラジオで一気に駆逐されたようにテクノロジーの世界は一瞬先は闇です。
こうした技術の激変期だからこそ、変わらないのは「誰が責任を持ってその技術を世に出すのか」という人間の意志ではないでしょうか。」
「AIを使ってこんなものを作ってみたけれど、特許になるのかな?」「このAI画像、勝手にSNSに使っても大丈夫?」 そんな小さな疑問でも構いません。AIという新しい風を、あなたの事業の追い風に変えるお手伝いをさせてください。
埼玉県草加市の地で、皆さんの「ひらめき」を「一生モノの権利」に変えるために、私は今日も泥臭く、全力で取り組んでいきます。
