すみれブログ
賠償金の算出方法
2025年05月29日

つい先日(5月27日)、知財高裁において、東レのかゆみ改善薬に関する特許権の侵害裁判において知財高裁は被告に対し217億円の損害賠償金の支払いを命じました。217億円という賠償金は日本の特許裁判史上、最高額です。

 

これまでの日本の特許裁判における賠償額としては、潰瘍薬(シメチジン)に係る特許権を侵害したとする訴訟での約30億円や、パチスロメーカーのアルゼとサミーのパチスロ裁判における約84億円といった事例がありますが、今回はこれを大きく越える衝撃的な額です。

 

といっても海外では1,000億円を越えるような事例もありますのでそれに比べると少ない方ですが、業界には衝撃が走ったことでしょう。

 

この判決に対して被告である沢井製薬と扶桑薬品は上告して争う姿勢を見せていますが、最高裁で判決が覆る例は極めて少ないため、これで確定する可能性がかなり高いと思います。

 

さて、こういった特許権侵害の賠償額ですが、具体的にはどのようにして決められるのでしょうか。

 

この賠償額は原告及び被告の言い分を充分にきいた上で裁判所が自由に決めるのですが、といっても無制限に決めることができません。

 

例えば原告が被告に対して100万円弁償しろ、といっているのに裁判所が勝手に損害額は200万円だから200万円支払え、といった判決はできません。もし、そんな判決をしたら原告、被告共に「は?」となってしまい、裁判所の信頼性を損ねてしまいます。

 

これは民事訴訟法の原則である処分権主義に基づくもので、裁判所は当事者が争っていないことまで考慮してその額を決めることはできないのです。

 

ですので、裁判所が決められる賠償額は被告が請求する額が上限となり、それを越えることはできません。上の例でいえば、裁判所は賠償額は200万円と考えていたとしても、原告が100万円払えと主張しているので100万円を越える判決はできないのです。

 

かつて青色LEDでノーベル賞を受賞した中村修二氏が勤務先の日亜化学を訴えた裁判では、裁判所は賠償額は600億円が相当と判断していたのですが、中村氏側は200億円しか請求していなかったため、200億円の判決をせざるを得なかったというエピソードが有名です。

 

そのため、原告としては可能な限り高額な賠償金を請求するのが望ましいのですが、賠償額が高額になると最初の持ち出し(印紙代や弁護士費用)も高額になりますので、その案配はなかなか難しいところです。

 

次に、裁判所は原告が請求してきた賠償額が正当かどうかを判断します。この判断は原告及び被告の出してきた証拠や資料に基づいて行われます。

 

これは同じく民事訴訟法の原則である弁論主義といって裁判所は当事者が出してきた資料のみに基づいて審理を進めるのであって、裁判所が独自にあるいは第三者機関などを使って勝手に証拠調べをして判断する訳ではないのです。公的機関である裁判所はそんなに暇でも親切でもないのです。

 

この賠償額を決める根拠となる考え方は、いわゆる逸失利益です。つまり、被告の侵害行為がなければ原告が得られたであろう利益をそのまま賠償額としようとする考え方です。特許権侵害は不法行為の一種ですからその賠償は民法709条が適用されます。

 

しかし、709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とだけ規定しており、損害額の具体的な算出方法は規定していません。

 

そこで、特許法には、この709条の特例として具体的な損害額の算出方法がいくつか規定されています。

 

先ず1つ目の算出方法は、被告が販売した製品の数に、原告製品の1個あたりの利益額を乗じた額を損害額とするものです。

 

例えば、被告が特許の模倣品を1万個販売したとします。そして、原告が特許製品を1個売った場合の儲けが100円だったとすると、販売した1万個に1個あたりの儲け分の100円を掛け合わせた合計100万円が原告が儲け損なった額と考えることができるので、この100万円を賠償額として認めるものです。

 

ただし、原告は小さな工場であって自力では1万個も作って売れるような規模でない場合は、製造能力の最大限までしか認められないため、賠償額も少なくなりますが、製造能力を越えた部分については特許の実施料相当額(ライセンス料)として賠償額に加算することができます。

 

2つ目の算出方法は、被告が模倣品を販売することで被告が儲けた額をそのまま損害額として認めるものです。原告は、自分が儲け損なった額の証明よりも、被告が儲けた額を証明するほうが簡単なときは、その額を損害額として請求することができるのです。

 

3つめの算出方法は、仮に原告である特許権者が、被告に対してその特許の使用を認めた場合の特許使用料(ライセンス料)をそのまま賠償額として認めるものです。

 

原告である特許権者がまだその特許製品を製造販売していなければ、逸失利益が発生していないので上記の2つの算出方法は使えないのです。といっても被告は無断で特許発明を使用しているわけですから、特許権者には本来受け取れるはずの実施料相当額の損失は発生していると考えられるため、その使用料が損害額として認められるのです。

 

ただし、実施料相当額といっても正当な契約に基づく通常の実施料と同じではおかしいので、実質的には相場を大幅に上まわり、逸失利益に近い額になることでしょう。

 

特許の裁判ではこういった決まりに従って実際の賠償額が決まるのですが、この損害額を巡る争いは、実質的に裁判に負けたことが前提となるため、被告やその代理人側としては精神的にかなり辛い作業になるでしょう。

 

医薬品はその開発に莫大が費用が係りますので、新薬メーカーはそれを特許で護ることでその開発費用を回収し、回収した費用で次の医薬品を開発していくといったビジネスモデルで成り立っています。

 

ですので、医薬品を巡る特許裁判では今回のような莫大な賠償額がでることは決して不思議ではありません。むしろ今後は医薬品業界だけでなく他の分野でも続々と高額賠償判決が出ることが予想されます。

 

ちなみにこのニュースのような特許裁判を見ると勝った方の東レが正義で負けた方の沢井製薬側が悪のような印象を受けますが、沢井製薬のような後発医薬品メーカーがあるからこそ我々国民は良い薬を安く手に入れることができるということは付言しておく必要があります。

 

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