すみれブログ
商標話し(4)「ゆっくり茶番劇」についての解説
2022年05月27日

最近ネットを騒がせている商標「ゆっくり茶番劇」に関する騒動についてクライアントから問い合わせがありましたのでついでにここでゆっくりと解説したいと思います。

 

YOUTUBEなどの動作配信サイトで従来から多くのユーザーに使われてきた「ゆっくり茶番劇」という動画のタイトル名が最近になってある特定の個人(Y氏)によって商標登録されました。

 

そして、その商標権を取得したY氏が「今後このタイトルを使用する場合は、使用料として年間10万円払え」とSNSで告知したことからネット界隈が騒然となり、過激な一部のユーザーらしきものがその手続きをした代理人事務所やその沿線の爆破予告をするなど犯罪まがいの事件が発生しこれが大きく報道されました。

 

具体的な内容は他の動画や記事でたくさん紹介されていますのでそちらをご覧いただくとして、なぜ、従来から多くのユーザーに使われてきた「ゆっくり茶番劇」という動画のタイトル名が登録商標としてある特定の個人に認められてしまったのでしょうか。

 

商標制度は国によって違うのですが日本の場合は先願主義(登録主義)といって実際の商標の使用の有無に関係なく、先に商標を申請(出願)した方が登録を受けられるというルールを採用しています。先にその商標を使用していた人がいてもその人が特許庁に申請しない限りその商標が登録商標として保護されることはないのです。

 

つまり日本の商標制度は実際に商標を使用している者よりも先にその商標を出願した者のほうが独占的にその商標を使用する権利を取得できるというルールになっているのです。

 

これに対して使用主義といって実際にその商標を使用していなければ商標登録が受けられないという制度を採用している国もあります。アメリカが代表例です。商標制度は、その商標を使用することによってその商標に化体した業務上の信用を保護することを目的としていますので、本来であれば使用主義の方が先願主義よりも商標制度の趣旨に合致しています。

 

ですが、実際に使用している商標について登録を受けるようと出願したところすでに他人が同一又は類似の商標を使用している場合には、その商標について登録を受けることができません。例えば全国に店舗を持つ業者がその店舗名について商標登録を受けようとしたところ、北海道の一地方だけでひっそりと個人経営しているお店の名前と同じであった場合には登録を受けられないという事態が考えられます。

 

この結果、全国的に知られて信用が化体している商標について登録が受けられなかったり、商品やサービスの提供者が違う同一又は類似の商標が乱立してしまい、業者だけでなく需要者も混乱してしまいます(出所の混同)。また、使用の開始時期の前後で決めるにしてもその時期を確定するのは容易でなく、争いや審査が長期化してしまいます。

 

ですので日本では実際の商標の使用の有無に拘わらない先願主義を採用し、先に出願した者に優先的に商標権を付与する制度を採用しているのです。

 

そして、この先願主義の下では出願した商標はその出願順に特許庁で審査を受けますが、審査官は出願された商標が法律で決められている多くの不登録事由に該当するどうかを詳しくチェックし、1つでも該当すると拒絶しなければなりませんが、いずれの不登録事由にも該当しないときは登録を認めなければなりません。どの不登録事由にも該当しないけれど、なんとなくダメだなぁという恣意的な審査をしてはならないのです。

 

この「ゆっくり茶番劇」という商標も審査の結果いずれの不登録事由にも該当しないとの審査官の判断の結果登録が認められたのです。でも、この「ゆっくり茶番劇」のように従来から多くのユーザーに使われてきた動画のタイトル名を登録商標としてあとから申請してきた一個人に独占させてしまっていいのでしょうか。

 

実はこの審査での不登録事由の1つに「他人の周知の商標と同一・類似の商標は登録を受けられない」というものがあります(商標法第4条第1項第10号)。先願主義であってもすでにその商標が需要者の間に広く認識されているものと同一・類似の場合にそれを認めると却って混乱を招くから登録すべきではないからです。この規定は使用主義的な修正規定といわれています。

 

さて、ここで問題となるのはそれではこの規定を適用するためにはその商標がどの程度まで周知でなければならないかという点です。条文上は「他人の業務に係る商品もしくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標またはこれに類似する商標…」とだけしか記載されていませんので具体的にはどの程度なのかわかりません。

 

そこで、この規定の裁判例を調べてみると「周知であるといえるためには、特別の事情が認められない限り、全国的にかなり知られているか、全国的でなくとも、数県にまたがる程度の相当に広い範囲で多数の取引者・需要者に知られていることが必要である(第 36 類土地の売買等 平成 14 年 6 月 11 日 東京高昭平成 13 年(行ケ)第 430 号)」というものがあります。

 

つまり、この例でいえばこの規定を受けるためには周知商標が「全国的にかなり知られているか、全国的でなくとも、数県にまたがる程度の相当に広い範囲で多数の取引者・需要者に知られていることが必要」となっています。ただし、この例では「特別の事情が認められない限り」という条件が付いていますので、特別の事情が認められる場合は、また違う基準で判断できるとも解釈できます。特にこの商標はインターネットの世界で主に使用されますのでその判断基準もこの事例とはすこし変わってくるのではないかと思います。

 

担当した審査官はこの「ゆっくり茶番劇」という商標は、未だ使用されていないか(使用の事実を知らなかったか)仮に使用されていてもこの裁判例で規定するほど周知でないと判断したことから登録を認めたのでしょう。

 

そうすると、今後の争点はこの審査官の判断が正しいか否かになるのですが、もし審査官の判断が誤りと考えるならば、これを理由とする異議申立や無効審判を請求して商標権を消滅又は無効とすることができます。ただし、Y氏がSNSで告知した日には異議申立期間は過ぎていますのであとは無効審判しか残っていません。しかも異議申立はだれでもできますが無効審判は利害関係人しかできませんのでその範囲は限られてきます。

 

また、他の不登録事由として他人の周知商標と同一類似の商標を不正の目的で取得した場合も無効とすることができます(商標法第4条第1項第19号)。周知の条件については上記の無効理由と同じですが、指定商品・役務の同一類似にかかわらず不正の目的があればこの規定によって無効とすることが可能です。商標権者は金銭目的でこの商標を取得したことが推認されますのでこの規定によって無効にできるかもしれませんね。

 

ちなみにその後の情報によるとこの「ゆっくり茶番劇」の商標権者であるY氏は結局、周囲の圧力に屈する形でその商標権を放棄したようです。とりあえずこれでこの騒動は収束しそうな気配ですが、ネット関連の商標については今後審査が厳しくなるのではないかとちょっと心配です。

 

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