すみれブログ
実用新案権は無意味なのか
2019年02月20日

自分がした発明(考案)を他人に真似されないようにする方法として最も効果的なのは特許権や実用新案権を取得することです。

 

例えば個人発明家のAさんが歯垢を今まで以上に簡単にとれる新しい歯ブラシを発明したとします。しかし、その歯ブラシの構造自体はそれほど難しい訳ではなく、関係者であれば現物を見ただけで簡単に作れるような内容です。

 

そこで、Aさんはその発明を他人に真似されないように特許を取ることにしました。インターネットで見つけた弁理士事務所で相談すると、出願すれば特許になりそうだが、特許を取るためには、出願時に約30万円、その後に審査請求料として約15万円、拒絶理由通知が来たときの対応として約12万円、特許になった時には登録料と成功報酬を含めて約15万円、合計70万円以上の費用がかかるとの説明を受けました。

 

これらの費用は通常まとめて支払うのではなくその都度段階的に支払えば良いのですが、それでも個人発明家のAさんにとってはかなりの高額です。費用の点で迷っていると弁理士から実用新案があることを提案されました。

 

実用新案は特許のような審査を経ることなく(無審査で)登録されて権利が発生しますから、当初の出願時の費用の約30万円だけで済みます。審査請求料や拒絶対応費用、成功報酬などは不要なので経済的です。しかも、実用新案権も特許権と同じ独占排他権ですので、無断で真似している他人に対しては差止請求(直ぐに中止しろ)や損害賠償請求(弁償しろ)ができます。

 

しかし、実用新案権は特許権に比べていくつかデメリットがあります。先ず、権利の存続期間が出願日から最長で10年と短いことです。特許権の場合は最長20年間(延長の場合は25年間)存続しますから特許権の半分です。10年の期間が長いか短いかはケースバイケースですが、私のような50を過ぎたものからすればあっという間です。60歳や70歳の方からみればついこの間のような気がするかもしれません。

 

ちなみに「最長で」というのは、商標権のように一端権利が発生すると一律に10年間存続するのではなく、特許権も実用新案権もその権利を維持するためには毎年、国に維持年金を納付する必要があり、これを怠ると途中で権利が消滅してしまうという意味です。

 

次に最も大きなデメリットして差止請求や損害賠償請求等の権利行使をするに際しては、「実用新案技術評価請求書」という書面を相手方に提示しなければならない点です。この「実用新案技術評価請求書」という書面は、特許庁の鑑定書のようなものでその実用新案権が新規性や進歩性等を備えた権利として有効なものかどうかが示された書面です。

 

実用新案登録出願は形式的なチェックだけで実体審査は行われませんから、その権利内容はまさに玉石混淆です。権利として本当に有効な玉のような発明から、すでに世の中で知れ渡っていて誰でも自由に実施できるような石ころのようの発明まで含まれています。前者の場合ならともかく、後者の場合に勝手に権利行使されてしまっては混乱を招きます。いままで自由に実施できた発明がある日突然、見知らぬ他人から「その発明を中止しろ」といわれてしまっては堪まりませんからね。

 

ちなみにこの「実用新案技術評価請求書」はだれでも特許庁長官に請求することができます。費用は約5万円で、請求から発行されるまでの期間は約1~3月程度です。また、この「実用新案技術評価請求書」の評価内容自体は権利行使には関係ありません。仮に否定的な内容(無効)であっても最終的な判断は裁判所が行うからです。ただし否定的な内容では裁判所も認めてくれない可能性が高いし、場合によっては逆に相手に損害賠償を支払う羽目になるため、否定的な内容での権利行使はお勧めできません。

 

その他に実用新案は方法やプログラムの発明は保護対象とならない等いくつかのデメリットがありますが、やはり権利行使の際に上記の「実用新案技術評価請求書」を用意しなければならない点が実用新案権の最大のデメリットでしょう。

 

このため同業者の中でもタイトルとおり「実用新案権は無意味だ」と考える人も少なからずいるようです。なかには実用新案を勧めるのは金儲け主義の悪徳弁理士とまでいうひとがいます。国が認めている制度をまっとうに利用しているだけなのにひどいことをいいますね。

 

たしかに特許庁の出願統計をみると実用新案の年間出願件数は僅か7~8千件であり、特許の約25万件に比べて圧倒的に少なく殆ど利用されていないのが分かります。ただし、特許出願の8割以上は大企業の出願で占められ、しかも大企業の殆どは実用新案登録出願はしませんので、中小企業や個人の出願でみるとそれほど少ない比率ではありません。

 

ちなみに実用新案として出願するよりも意匠登録出願した方がいいという意見もあるようですが、物品の美的外観の保護を目的とする意匠権で自然法則を利用した技術的思想である発明まで保護できるかは甚だ疑問です。その技術的思想が唯一の外観として表現されるといった例外的なケース以外はあまりお勧めできません。

 

かくゆう私は実用新案制度の肯定派です。実際にいろいろな人から相談を受け、年に何件かは受任して手続を行っています。もちろん特許との違いやデメリットを十分説明し納得した頂いたうえでの受任ですが、いまのところ話が違うといったトラブルは一切ありません。

 

といっても通常は特許と実用新案のどちらをした方がいいかと相談されたら、私は断然特許をお勧めします。なんといっても国の審査にパスしたお墨付きの権利ですからその信頼性は実用新案とは段違いですからね。

 

でも、その費用がネックで特許は難しいといわれてしまっては強く勧めることはできません。「費用がないのなら諦めてください」とか「それではお金が用意できたらまた来てください」とか「半額で引き受けます」という対応もあるでしょうが、それではあまりにも切ない。こちらも生活がありますからね。

 

そういった場合、私は妥協案として実用新案登録出願を勧めています。実用新案は出願後数ヶ月で登録されて権利が発生しますが、出願から3年以内であれば特許出願に切り替えることができます。

 

ですから取り敢えず実用新案登録出願して先願権を確保してからその発明が実際にものになるかどうかを3年の期間内に判断し、その後費用を掛けても元が取れると判断したならば特許出願に切り替えればいい。反対に3年経ってもものになるかどうかがわからないのであればそのまま実用新案権を維持すれば良いのです。

 

それなら最初から特許出願しておいても同じじゃないかと意見もありますが、特許の場合は出願から3年後に審査請求するかどうかの判断を強制的に迫られます。放っておいては出願取り下げとなってしまうので3年後には白黒付ける必要があります。審査の結果特許になればいいが特許にならなければ費用が無駄になってしまいます。

 

これに対し、実用新案権の場合は最初から権利が発生していますので審査請求するか否かの判断は不要です。手続き的には上記のように3年以内に特許出願に切り替えるかどうかの判断だけです。しかも権利が有効かどうかは上記のように「実用新案技術評価請求書」を請求し、それでも判断がつかなければ最終的に裁判してみないとわからないというのは考え方によってが非常に嫌らしい権利ともいえます。

 

つまり特許だけでなく実用新案の場合もその権利が有効なものかどうか、さらに自分の実施品がその権利を侵害しているかどうかの判断はとても難しいのです。専門家に判断してもらうにしてもそれなりの費用と時間がかかりますし、専門家でも意見が分かれることは珍しくありません。ですので、「実用新案登録済み」という表示があるだけで、良識のある他人はそれを真似することを躊躇しますので、その牽制効果だけでも十分に実用新案権をもっている価値はあります。

 

しかも、仮に他人がその実用新案と似たようなものを製造販売していたとしても権利行使するか否かは権利者の自由ですし、裁判しても勝てないと思えばそのまま見過ごしておけばいいのです。それ以外の他人への牽制効果を10年間維持できればそれだけで存在意義は大きいといえます。

 

裁判になれば弁護士への着手金だけでも数百万円になることも珍しくありません。資金が潤沢で市場規模が大きい大企業ならば裁判で勝てる権利(=特許権)が必要ですが、資金に乏しい個人発明家や零細企業の場合は、仮に権利を侵害されても裁判費用が賄えないため、裁判自体を起こすことは希です。

 

それでも自分の発明を他人に勝手に真似されるのを指をくわえて見てるのは癪でしょうから、取り敢えず実用新案権として権利を取得しておき、その後の状況に応じて対応するというのがベストではないかと考えます。裁判するお金がない、裁判しても勝てないと思ったら放置すればいいし、いざとなったら借金をしてても裁判を起こしてその実用新案権で戦うこともできるわけですから。

 

その一方、実際に私がご依頼頂いた方の中には真似されても裁判までするつもりはないが、この発明は自分がしたものであることを公的に証明したいという方もいらっしゃいます。そういった人達にとっては権利になるかどうか分からない発明に高額な費用をかけて特許出願するよりも実用新案の方がリーズナブルです。

 

また、他の企業がその実用新案を実施したいと考えた場合、その権利が無効の可能性が高いと判断しても勝手に実施して権利者から無用な裁判を起こされるよりもある程度の金額を提示してその実用新案権を買い取ったほうが安上がりというケースもあります。そういった点でも実用新案の利用価値はまだまだあると思います。

 

制度の負の側面だけをみて実用新案はダメだと斬り捨てるよりも、なんとかメリットや活用方法を見いだしてお客さまに提案するのもプロの仕事ではないかと思います。

 

ちなみに同業者がクライアントに特許出願を勧めたところ調査ミスで拒絶されたため実用新案に切り替えてお茶を濁したという噂を聞いたことがありますが、そういった使い方もあるかも。

 

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