すみれブログ
不気味な判例
2012年03月14日

知的財産権法(特許法)には、いわゆる国内優先権制度という特異な制度があります。

 

これは、ざっくばらんにいうと、最初に出願した日から1年以内であれば、最初に出願した日の先願権を確保しつつ、何度でも出願し直せる制度です。

 

例を挙げて説明します。

 

ある発明家が新規で有用な発明Aをしたとします。特許は早い者勝ちですので、この発明家は発明の完成と同時に直ぐにその実施例であるa1とa2を記載した出願書類を作成して特許出願の手続きを行いました。

 

しかし、その手続きを行った後に、この発明家はその発明Aを製品化する過程で、さらに別の実施例a3を思いつきました。

 

この実施例a3も発明Aを製品化する上で極めて重要なものであり、その発明家はこの実施例a3についてもしっかりと権利化したいと考えました。

 

このような場合、先の出願の内容にその実施例a3を追加できれば便利ですが、特許法では出願後にこのような実施例の追加は新規事項の追加となるので認めていません。

 

しかし、この国内優先権制度を利用すれば、先の出願にこの実施例a3を追加して出願し直すことが可能です。この場合、先の出願の発明Aに関する特許性の判断は、その先の出願時とするという優先的な取り扱いがなされます。また、特許の存続期間の起算点が後の出願日となるため、存続期間が実質的に最大で1年延長できるというメリットもあります。

 

ちなみに、なぜこのような制度が採用されたかというと、実は国際的な取り決めにより外国人がわが国で特許を取る際にわが国では外国人に対してこのような優先的な取り扱いを認めなけれならないのです。パリ条約上の優先権制度です。

 

日本国民のための法律が日本国民よりも外国人を優遇するのはおかしい、ということでわが国特許法でもこのパリ条約上の優先権制度に対する国内的な優先権制度が創設されたのです。

 

このように国内優先権制度は非常に便利な制度で、多くの実務家は好んでこの制度を利用しています。

 

ところが、平成15年にこの制度の利用に警鐘を鳴らすような判決が出ました。いわゆる人工乳首事件(東京高判平15.10.8、平成14年(行ケ)539号審決取消請求事件)です。

 

詳しくは判決文に譲るとして、これは赤ちゃんの哺乳瓶に取り付けられる人工乳首に関する発明で、先の基礎出願をした後に、国内優先権を主張して行った後の出願で追加した実施例がその間に公知になった発明と同一であったため、先の基礎出願に記載されていた発明については特許が認められない、というものです。

 

つまり、国内優先権主張出願をしなければそのまますんなり特許になったものの、特許請求の範囲は一切変更が加えられていないにもかかわらず、実施例を追加しただけで先の出願に記載されていた発明についても特許が認められない、という衝撃的な判決です。

 

上記の例でいえば、最初の出願の内容のままであれば、発明Aは、そのまますんなり特許になっていたものの、後の出願で追加された実施例a3が、その間にて公知になった技術と同じであったため、実施例a3を含む発明Aについては優先的な取り扱いが為されず、後の出願日を基準と判断され、その結果、その他人の公知技術により発明Aの特許性が否定されてしまった、というものであります。

 

この事件は、基礎出願後に公開された他人の公知技術と同等の実施例を優先権主張出願で追加したというケースで、実務的にはレアケースであるといえます。また、後から補正または訂正により実施例a3を削除するなどの対応も可能であるため、余り神経質になることもないのですが、不気味な判例として実務家には恐れられていました。

 

ところが、最近、これとは異なる判決が知財高裁より出されました。いわゆるクランプ旋回事件(平成 23年 (行ケ) 10127号 審決取消請求事件)です。

 

詳細な説明は割愛しますが、これは、基礎出願の構成の一部を、国内優先権主張を伴う後の出願で

数値限定したものです。

 

このような態様の優先権の効果について知財高裁は
本件発明3の特許請求の範囲では,「請求項1または2の旋回式クランプにおいて,」との特定がされ,本件発明1又は2の構成を引用しているものであるが(従属項),本件発明1では,クランプロッドのガイド溝につき,「周方向へほぼ等間隔に並べた複数の」との限定,「第2摺動部分(12)に設けた複数の」との限定や「上記の複数のガイド溝(26)は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝(27)と直進溝(28)とを備え,上記の複数の旋回溝(27)を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝(28)を相互に平行状に配置し,」との限定が付されているにすぎない。また,本件発明2でも,クランプロッドのガイド溝につき,「前記ガイド溝(26)を3つ又は4つ設けた」との,ガイド溝の個数に関する限定が付されているにすぎない。
そうすると,本件発明1,2では,ガイド溝の傾斜角度に関する特定はされていないから,上記傾斜角度に関する本件発明3の発明特定事項である「傾斜角度を10度から30度の範囲にした」との事項が第1ないし第3基礎出願に係る明細書(図面を含む。)で開示されていないからといって,本件発明1,2が上記事項を発明特定事項として含む形で特定されて出願され,特許登録されたことになるものではない。この理は,例えば請求項3(本件発明3)が特許請求の範囲の記載から削除された場合を想定すれば,より明らかである。したがって,本件発明1,2(請求項1,2)の特許請求の範囲の記載に照らせば,旧特許法41条1項にいう先の出願「の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明に基づ」いて特許出願されたものといい得るから,本件発明1,2については原告が優先権主張の効果を享受できなくなるいわれはなく,特許法29条の規定の適用につき,最先の優先日(平成13年11月13日,第1基礎出願の出願日)を基準として差し支えない。

との判断をしました。

 

つまり、基礎出願の発明は、優先権主張出願で追加した事項に影響されることなく、基礎出願日を基準に特許性を判断しても差し支えないとの判断を示しました。

 

この事件と人工乳首事件では、事例がやや異なるため、単純に比較するのは難しいのですが、実務家としては留意すべき重要な判決です。

 

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