すみれブログ
僕が二十歳だった頃…
2014年01月22日

もう既に1週間以上経ってしまいましたが、先週の13日は成人式だったんですね。残念ながら当日はとても寒くて式に出席した新成人は大変だったのではないでしょうか。

 

最近の成人式といえば、一部の輩が式場内で騒いで荒れているような報道がされていますね。どなたかがツイッターで、ああいったことはむしろ報道しない方がいい、とつぶやかれていましたが、まさしくその通りで、報道することで全国に伝染してしまったという悪い例です


ところで、私が二十歳だった頃、渋谷区西原の斎場近くにあった、6畳一間、風呂無し共同トイレの木造アパートの一室で、タバコをくゆらせながら、ふと、思ったことがあります。

 

「オレはいくつまで生きるんだろう…」

 

そのときは、なんとなく50歳位まで生きれれば十分かな、と思った記憶があります。なぜ50歳なのか覚えてないのですが、二十歳の若者にとって30年後なんて全く想像すら出来ない遠い遠い未来だったのでしょう。

 

そんな遠い未来のことよりも今日、明日の問題や悩みを解決する方がずっとずっと重要でした。いったい何に悩んでいたのか覚えていませんが人並みに悩み多き若者でした。

 

特に当時はバブル絶頂期。不動産屋のまねごとをして物件を2つ3つ転がせば、誰でも簡単に大金が転がり込んでくるような時代でした。弁理士先生のなかには、本業そっちのけで不動産投資に没頭していた方がいたとか、いなかったとか…。

 

普通に就職して、普通に結婚して、そこそこの家を30年ローンで買って、子供2、3人作って、定年後は少ない年金でつつましやかに老いていく…。そんなつまらない人生は送りたくない、なんて斜に構えていた記憶があります(その後、そんな「普通」のことがどれほど大変なことなのか、身をもって知る羽目になるのですが…)。


 

…で、あれから30年経った今はどうかというと、

 

「まだ、死ぬわけにはいかない」

 

まだまだ、やりたいことがある。たしかに心の片隅には、病気や事故で死ぬのが天の思し召しなら仕方ない、という達観した部分もありますが、とりあえず今は困る。少なくとも子供が自立するまでは待って欲しい。

 

だから、少なくともあと10年は、生かしてください(10年後も同じことをいうかもしれないけど、そのときは許してね)。

 

ただ、冷静に考えて、いまの発達した医療技術や今年80歳になる父親がまだまだ健在であるという事実を考えると、おそらく私もそのくらいは生かして貰える可能性が高い。

 

そうすると、そうゆう前提で今後の人生設計を図るのがいいのかな…、

 

…と、(もうタバコはやめたけど)ふと、思う今日この頃であります。

 

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