すみれブログ
特許明細書には「発明の効果」を記載してはいけないのか?
2019年05月23日

今月号の業界紙「パテント誌」に、ある会員(弁理士)が投稿した「権利者たる明細書に「発明の効果」は記載すべきでない」とのタイトルの論文が掲載されていました。

 

この業界紙は会員全員に毎月送られてきてその内容も役に立つものが多いのですが、忙しさにかまけて殆ど読んでいませんでした。でも、この論文は実務家にとってはなかなかショッキングなタイトルであったことと、以前からこういった噂は耳にしていて気になっていたのでじっくり読ませて頂きました。

 

この論文によれば、タイトルとおり「権利者たる明細書に「発明の効果」は記載すべきでない」とのことです。ホントでしょうか? この見解が妥当かどうか検討してみます。

 

この論文ではその理由として大きく2つあげており、1つめが「明細書に発明の効果を記載する必要はないから」というもので、2つめが「明細書に発明の効果を記載すると権利範囲が狭く解釈されて不利になるから」というものです。

 

まず、1つめの理由(「明細書に発明の効果を記載する必要はないから」)について検討してみます。

 

明細書には必須記載事項というものがあり、これが記載されていないと記載不備として拒絶されます。そして、この必須記載事項というのは、①「発明の名称」と、②「図面の簡単な説明」と、③「発明の詳細な説明」の3つです(特許法第36条第3項)。

 

さらに、この③「発明の詳細な説明」は、経済産業省令で定めるところにより当業者が実施可能な程度までその発明を明確且つ十分に記載すること、および発明者が知っている先行技術文献を記載することといった2つの条件(特許法第36条第4項1号、2号)を満たす必要があります。

 

また、さらにこの「経済産業省令で定めるところ」によれば、「発明の詳細な説明」には「発明が解決しようとする課題及びその解決手段、その他当業者がその発明を理解するのに必要な事項」(施行規則第24条の2)を記載しなければならないようになっています。

 

つまり、明細書の「発明の詳細な説明」には発明が解決しようとする課題及びその解決手段である発明の構成がわかりやすく記載してあれば十分で、「発明の効果」は明細書の必須記載事項となっておらず、「産業上の利用可能性」などと同じく任意記載事項の1つに過ぎないのです。

 

特許は本来秘密にしておきたい発明を公開する代償として国家から付与されるものですので、付与される権利範囲以上の内容は公開する必要はなく、むしろ明細書に記載すべきでないのが原則です。

 

そういった観点からすると「権利書たる明細書に「発明の効果」は記載すべきでない」とう意見は正しいと思います。

 

その一方、許可される特許の範囲がどの程度になるかは実際に審査を受けてみないと分からないし、出願後に明細書に新規事項を追加することは許されないので、出願人側には発明の内容を最大限開示したほうが安全といった心理が働き必要以上に開示する傾向があります。

 

特に発明者にとっては発明をすること自体が目的でなくその発明によってもたらされる効果を得るために発明するわけですから、その効果を十分に記載するのは当然の心理です。

 

また、審査の段階で進歩性が肯定される理由の1つとして、審査基準によれば「格別顕著な効果があること」が挙げられていますので、いきおい効果を大袈裟に記載する傾向があります。

 

これに対して論文は、「格別顕著な効果を主張しても認められる可能性が極めて低い。審決取消訴訟において「顕著な効果の看過」を争点とする事案においてその主張が認められる裁判例は極めて少ない。したがって、効果の優位性により進歩性が認められる可能性は極めて低いので、効果の記載は不要であるといえる」として、その理由を否定しています。

 

しかし、権利化の段階においては仮に発明の効果を書きすぎたとしても特に不利に扱われないからそれほど問題にはならないし、むしろ発明の効果を主張することで発明の有用性が明確となり、進歩性を主張しやすい気がします。

 

問題は2つめの理由(「明細書に発明の効果を記載すると権利範囲が狭く解釈されて不利になるから」)です。

 

特許権侵害の裁判では、被疑侵害品が特許発明の構成要件をすべて充足しているか否かが争点となります。原則として被疑侵害品が構成要件の一部でも相違していれば非侵害と判断されます。

 

従って、被告側は被疑侵害品は特許発明の構成要件を満たしていないことを証拠と共に主張するのですが、その理由として「発明の効果」を挙げ、被疑侵害品は明細書記載の「発明の効果」を発揮しないから特許発明の構成要件を満たしていないと主張してくることがあります。

 

明細書に記載した効果が発明の構成要件から当然に導き出せるときは問題ないのですが、当然に導き出せない効果であるときは、被告は被疑侵害品がその効果を発揮しないから、構成要件を満たしていないと主張し、その主張が裁判で認められて非侵害と判断される。

 

技術的範囲の解釈にあたって裁判所は常に明細書の記載を考慮しなければならない(特許法第70条第2項)ので、発明の効果の記載があるとその効果を発揮しない被疑侵害品は特許発明の構成要件を満たしていないとして不利な判決が為されるとのことです。

 

また、均等論の場面においても発明の効果は参酌されるので、もし被疑侵害品がその効果が発揮できなければ、均等物として扱われないので不利になると述べられております。

 

これらについて論文では具体的な判例を挙げていますが、その判例を詳細に検討していないので現時点ではなんとも言えません。挙げている判例は効果の相違というよりも構成自体が相違しているように思えるのですが、時間があればじっくりと検討したいと思います。

 

また、このように「明細書に発明の効果を記載すると権利範囲が狭く解釈されて不利になる」というのが特許侵害の裁判において通有している考え方なのかどうか、あるいはリパーゼ判決のような希有な判例を引き出して拡大解釈しているのかどうかは今後検証が必要です。

 

上述したように発明者にとっては、発明をすること自体が目的でなくその発明によってもたらされる効果を得るために発明するわけですから、その技術説明書である明細書に発明の効果を書かないというのはどうしても片手落ちというか違和感が拭えません。

 

明細書に敢えてその発明の効果を書かずに侵害の場面になって自己の都合のいいようにその効果を主張するのはテクニックとしてはありかも知れませんが、代理人としてはその理由を発明者に説明して納得させるのは、発明者が認識しているその効果が間違っていることがあると認めさせることですから、なかなか容易でありません。

 

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